絶版になった旧青山町の「あおやま風土記」を紹介します

ロマンただよう桜峠の春

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ロマンただよう桜峠の春

平成8年4月号

 高尾から美杉村に通じる県道は、いま青山美杉線とよばれているが、昔は八知道といって名張の下比奈知から、滝之原、高尾の出合を経由して八知村に至る道路だった。

 明治12年に名賀郡の郡道となり、大正7年には県道に昇格して、八知上野線と路線の名前が変えられた。

画像の説明

 この道を行くと、青山・美杉の町村界あたりで左右に大きくカーブする峠道となり、道に沿って美しい桜並木が見られたことから『桜峠』といわれてきた。戦時中木炭用に多くの古木が伐採されたので、昔の面影はかなり薄れてはいるものの、春さき、伊賀富士(尼ヶ岳)の雄大な山容が間近に迫り、鶯(うぐいす)の鳴き声が聞こえる峠を歩くと、昔のロマンが蘇(よみがえ)り楽しくなる。

 大正の末期、上野と名張を結ぶ鉄道が開通し、汽車が走っていた頃、名張の岩名正治郎氏が、阿保駅(比土)から八知まで、フォードの6人乗り定期バスを運行させていた。

 昭和になると、名張から松阪への鉄道(名松線)も計画され、10年には奥津から松阪まで行けるようになった。当時高尾の方は、この汽車を利用されることが多く、その場合には桜峠を歩いて越え、伊勢鎌倉駅で乗降したという。

 塚本町長の時代、この峠道を大改修して国道とし、美杉から飯南・宮川・紀伊長島と延長する三重南北縦貫道路構想が打ち出され、一部進行したが、現在は休止の状態。地元では、早く実現してほしいと熱望している。




平成8年目次
185.笛吹の伝説と千方(ちかた)の四鬼窟(よつおにいわや) 平成8年1月号
186.山中半右ヱ門 本陣跡碑 平成8年2月号
187.最も代表的な古墳 羽根・狐塚古墳群 平成8年3月号
188.ロマンただよう桜峠の春 平成8年4月号
189.奥鹿野の菩提寺 保徳山久昌寺 平成8年5月号
190.霧生の鉱山跡 平成8年6月号
191.小さな磨崖仏(まがいぶつ)阿保の子安地蔵さん 平成8年7月号
192.老川の中世城館 若山氏城 平成8年8月号
193.権現谷の双つ渕(ふたつぶち) 平成8年9月号
194.腰山の峯道(みねみち) 平成8年10月号
195.朱の欄干と金色の擬宝珠 大村橋 平成8年11月号
196.矢生(やお)中学校の上高尾分校 平成8年12月号

目次平成9年

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