絶版になった旧青山町の「あおやま風土記」を紹介します

初瀬街道の難所 八町坂改修紀功碑

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初瀬街道の難所 八町坂改修紀功碑

平成5年8月号

 国道165号線の新羽根橋南詰のすぐ下の旧国道端に、高さ約130cmの自然石の碑が建っている。題に「八町坂改修紀功碑」とあり、明治24年(1891)の建立で、八町坂の大改修工事のとき、羽根の方々が大変努力し功績があった旨の三重県知事成川尚義氏の文章が刻んである。

 上野市立図書館にある、正保3年(1646)伊賀国絵図の写によれば、江戸時代初期の初瀬=はせ=(参宮)街道は、羽根から名張へは直接に小波田越えであった。

画像の説明

 藤堂藩は延宝(えんぽう)年間(1670年代)に新田(しんでん)村を開発すると、入植した人々に商業的利益をも与えるため、街道を羽根―七見峠―上庄田―新田越えの経路(現在はゴルフ場で分断)に変更し、農耕と山行き以外は小波田越えの通行を禁止した。

 明治になって阿保村や羽根村が、新田越えは険しくて遠いので、近い小波田越えの自由通行を県に陳情し、明治5年(1872)に許可されたが、新田村が再三その取消を陳情したため、牛馬と車の通行だけは再び禁止された。

 八町坂は、小波田越えで名張までの最大難所であったので、県は明治22・3年に大改修工事を施工したが、総工事費9480余円の6分の1の寄付や出夫に小村の羽根が協力して完成し、人力車が通じるほど便利になったという。

 通行人にも見過ごされ勝ちな碑は、今頭上を絶え間なく疾走する車の騒音をどのように聞いているだろうか。




平成5年目次
149.古い歴史を伝える老川・若宮神社 平成5年1月号
150.上津山・宝珠院 平成5年2月号
151.山の神さん 平成5年3月号
152.神と仏と古墳が共存するお稲荷さんの丘 平成5年4月号
153.再納の由緒を伝える極楽寺の鰐口(わにぐち) 平成5年5月号
154.比々岐の森 平成5年6月号
155.堀抜氏頌功(しょうこう)碑 平成5年7月号
156.初瀬街道の難所 八町坂改修紀功碑 平成5年8月号
157.田舎暮しの拠点・守口憩の郷 平成5年9月号
158.朝日山 喜福寺 平成5年10月号
159.野田のお不動さん 平成5年11月号
160.郷士・福森氏宅址(たくし) 福森氏城跡 平成5年12月号

目次平成6年

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