絶版になった旧青山町の「あおやま風土記」を紹介します

同所に三体三様の姿 羽根の庚申(こうしん)さん

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同所に三体三様の姿 羽根の庚申(こうしん)さん

平成6年4月号

 庚申とは干支(えと)の「かのえさる」のことで、昔からこの日の夜、人の体の中に住んでいる三尸(さんし)という虫が天に昇り、罪を天帝に報告して人の命を縮めるというので、これを防ぐために、徹夜して語り明かす風習があり、その信仰対象として庚申さんの石仏が、旧国道を東から羽根へ少し入った道端に三体三様の姿で建っている。

画像の説明

 最も西側のは、羽根区の東部32戸がお祭りするもので、高さ115cm、錫杖(しゃくじょう)を持っているのに、一般の地蔵さんのように頭を丸めていない仏像で、相当摩滅しているのでよく分からないが、毛髪のある地蔵菩薩(ぼさつ)か、錫杖を持った十一面観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)ではないかと思う。造立の年月は「寛政十二年三月」(1800=江戸後期)と読めるようだ。

 羽根区東部では、5組輪番で当番の組が一切の世話をして、毎年1月末か2月の初め頃、全員が石仏前に集まり、安楽寺の住職さんの出座を願って供養をし、後に集議所で懇親の会食をする。

 溝を越えて東の敷地の大峰山上供養塔の隣に、浜村、松岡(修)、花垣の三氏がお祭りされる庚申さんが2体並んで建っている。

 西側のは高さ95cmで、頭を丸め合掌した地蔵菩薩を刻んであるが、文字は摩滅して読めない。
 
 東側のは高さ98cm、最も多い青面金剛(しょうめんこんごう)の像で4本の腕に武器を持ち、足で悪鬼を踏み付け、その下に見猿、言わ猿、聞か猿の3匹の猿が仕える立派な石仏であるが、一面に「こけ」が覆って文字が読めないのが惜しい。

 昭和の戦前までは毎年集まって法要を営んでいた。戦後は絶えているが、各自供花や清掃につとめられている。




平成6年目次
161.種生天神社と小竹城跡 平成6年1月号
162.青山峠の今昔 平成6年2月号
163.霧生の灯籠はん 平成6年3月号
164.同所に三体三様の姿 羽根の庚申(こうしん)さん 平成6年4月号
165.街道いま、むかし 古田の笹峰峠 平成6年5月号
166.妙楽地の馬頭観音 平成6年6月号
167.行者山砦(とりで)跡 平成6年7月号
168.宝厳寺(ほうごんじ)裏山の霊場 二十一大師めぐり 平成6年8月号
169.街道いま、むかし 乃(野)木山(のぎやま)の道 平成6年9月号
170.熊野権現(ごんげん)奥の院さん 平成6年10月号
171.霧生高山林道の大日如来(だいにちにょらい) 平成6年11月号
172.初代の阿保駅 近鉄・比土(ひど)駅の今昔 平成6年12月号

目次平成7年

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