絶版になった旧青山町の「あおやま風土記」を紹介します

朱の欄干と金色の擬宝珠 大村橋

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朱の欄干と金色の擬宝珠 大村橋

平成8年11月号

画像の説明

 別府(べふ)地内の国道165号線の交通信号から、町道を南へ折れてすぐの木津川に架かる大村橋は、グレー色の金属とコンクリートの欄干の四隅部分が鮮やかな朱色に塗られ、その上に金色の真鍮(しんちゅう)製擬宝珠(ぎぼし)が8個飾られていて、伊賀では大変珍しくて有名らしい。

 江戸時代前期(約300余年前)の参宮(初瀬=はせ)街道は、別府の東橋から、集落へ入らずに川の右岸沿いに西進し、この橋付近で川を越え、大村神社の森の下を通って阿保宿(じゅく)へ入ったので、ここは交通の要所であったようだ。

 同時代の後期には、街道は川の右岸を通り、現在の阿保橋付近で渡るように変わったが、大正初年までは、石の飛び越えか、板の一本橋だったのであろう。

 大正5年(1916)10月に、はじめて石製の狭くて低い潜水橋(せんすいきょう=増水すると水中に沈む橋)が架けられて、人びとは別府の石橋と呼んでいた。

 昭和9年(1934)には、近代的なコンクリート橋に架け替えられたが、有名な大村神社(当時県社)にちなんで、大村橋と名付けられた。橋の名と架け替え年月を刻んだ欄干の石柱二基が、別府集議所の前庭に保存されている。

 現在の橋は、桐ヶ丘住宅団地の開発などで、人や車両の通行の急増を予想して、昭和60年5月に架け替えられ、片側に歩道のある立派な橋である。今や大村橋は、神社や小・中学校、団地などへの通行にとどまらず、国道と奥地との連絡路の橋として、重要な使命を果たしている。




平成8年目次
185.笛吹の伝説と千方(ちかた)の四鬼窟(よつおにいわや) 平成8年1月号
186.山中半右ヱ門 本陣跡碑 平成8年2月号
187.最も代表的な古墳 羽根・狐塚古墳群 平成8年3月号
188.ロマンただよう桜峠の春 平成8年4月号
189.奥鹿野の菩提寺 保徳山久昌寺 平成8年5月号
190.霧生の鉱山跡 平成8年6月号
191.小さな磨崖仏(まがいぶつ)阿保の子安地蔵さん 平成8年7月号
192.老川の中世城館 若山氏城 平成8年8月号
193.権現谷の双つ渕(ふたつぶち) 平成8年9月号
194.腰山の峯道(みねみち) 平成8年10月号
195.朱の欄干と金色の擬宝珠 大村橋 平成8年11月号
196.矢生(やお)中学校の上高尾分校 平成8年12月号

目次平成9年

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