絶版になった旧青山町の「あおやま風土記」を紹介します

宝厳寺(ほうごんじ)裏山の霊場 二十一大師めぐり

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宝厳寺(ほうごんじ)裏山の霊場 二十一大師めぐり

平成6年8月号

 寺脇の宝厳寺の境内やその周辺には、古くて立派な五輪塔(ごりんとう)や地蔵などの石仏類が多数立っていて、そのうち9体が町文化財に指定されていることは、よく知られているが、寺の北側の裏山の延々数百mに及ぶ山道に「二十一大師めぐり」として多くの石仏が安置されていることは、あまり知られていないようである。

画像の説明

 これは、古老のお話によると、江戸時代の末期頃(1800代中頃)に、元「八十八ヵ所めぐり」の一部らしい。石造の弘法(こうぼう)大師座像21体を山方の某所から譲りうけ、寺脇の男の方が総出で、遠路を一人で背負い、または二人で担うなどして持ち帰り、裏の寺山内に小道を開いて21ヵ所に安置し、霊場としてお祭りしたものだそうである。

 山道は本堂の南側が入口の狭い急坂で、中腹伝いに屈曲して上り、一度尾根付近まで達すると下りはじめ、谷の底に至って再び上り、尾根近くからまた下り、寺脇区の新墓地へ出て終っている。

 石仏の配置は、一ヵ所に弘法大師像を中心に、その後寄進された多数の小形地蔵の立(りゅう)像や、寺有の大形地蔵の立像を加えて、2~4体が並び、21ヵ所合計64体である。大形の5体は、町指定文化財の天文(てんぶん)8年(1539)、銘のものをはじめ、永禄(えいろく)2年(1559)や同4年銘などのある古い石仏である。

 維持は寺脇婦人会の方が奉仕し、毎年末に全員出動して、道の草刈、清掃、補修をし、供花を行うが、年間を通じ個人的にお参りする信者も多い。はじめて参拝される方は、2人以上同行され、杖を携えられるのが安全と思う。




平成6年目次
161.種生天神社と小竹城跡 平成6年1月号
162.青山峠の今昔 平成6年2月号
163.霧生の灯籠はん 平成6年3月号
164.同所に三体三様の姿 羽根の庚申(こうしん)さん 平成6年4月号
165.街道いま、むかし 古田の笹峰峠 平成6年5月号
166.妙楽地の馬頭観音 平成6年6月号
167.行者山砦(とりで)跡 平成6年7月号
168.宝厳寺(ほうごんじ)裏山の霊場 二十一大師めぐり 平成6年8月号
169.街道いま、むかし 乃(野)木山(のぎやま)の道 平成6年9月号
170.熊野権現(ごんげん)奥の院さん 平成6年10月号
171.霧生高山林道の大日如来(だいにちにょらい) 平成6年11月号
172.初代の阿保駅 近鉄・比土(ひど)駅の今昔 平成6年12月号

目次平成7年

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