種生天神社と小竹城跡
種生天神社と小竹城跡
平成6年1月号
種生から国見へと登る町道を200m余りの寺脇集議所の横に「種生天神社」という新しい鳥居が見えます。

美しく整備された参道を上ると「種生天神社」があります。
三方が土塁に囲まれた台地は「三国地志」にも記載された「小竹城堡跡(じょうほし)」で、その入口の高台に「天神社」が建っています。
高さ幅とも1m余りの木造の祠(ほこら)の横には「天神祠址」の碑があり「伝云(つたえいう)小竹氏の祖頼盛卿(よしもりきょう)ノ鎮守(ちんじゅ)ナリ明治三十九年種生神社二合祀ス。昭和十五年一月。天神講中」と刻まれています。
小竹頼盛卿はこの地に居城を構え、南朝の忠臣北畠家の家臣として寺社奉行を勤めたとされ代々小竹周防守を名乗り、北畠氏の多気政所にも役宅を持っていたとされ、「北畠家臣帳」や「多気政所絵図面」にも乗せられています。
その始祖(しそ)である頼盛が一族の氏神としてこの城の角に「菅原天神」を勧請(かんじょう)したと伝えられています。
また、この城山には三方に空堀をめぐらし、堅固な土塁が築かれて東西150m、南北50m余りの大規模な山城跡で東に居館の遺構が残っています。
この天神社は代々一族の13人の天神講員に守りつがれ、平成元年から参道や境内が整備され、さながら小公園のような趣があります。
平成6年目次
161.種生天神社と小竹城跡 平成6年1月号
162.青山峠の今昔 平成6年2月号
163.霧生の灯籠はん 平成6年3月号
164.同所に三体三様の姿 羽根の庚申(こうしん)さん 平成6年4月号
165.街道いま、むかし 古田の笹峰峠 平成6年5月号
166.妙楽地の馬頭観音 平成6年6月号
167.行者山砦(とりで)跡 平成6年7月号
168.宝厳寺(ほうごんじ)裏山の霊場 二十一大師めぐり 平成6年8月号
169.街道いま、むかし 乃(野)木山(のぎやま)の道 平成6年9月号
170.熊野権現(ごんげん)奥の院さん 平成6年10月号
171.霧生高山林道の大日如来(だいにちにょらい) 平成6年11月号
172.初代の阿保駅 近鉄・比土(ひど)駅の今昔 平成6年12月号