絶版になった旧青山町の「あおやま風土記」を紹介します

二代目の阿保駅 近鉄・青山町駅の今昔

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二代目の阿保駅 近鉄・青山町駅の今昔

平成7年4月号

画像の説明

 昭和の初め大阪電気軌道(大軌=だいき)が八木から山田(今の伊勢市)へ線路を延長し、阿保に駅ができることになった。工事は昭和3年に青山トンネルから始まり、同5年(1930)の夏に路盤工事が完成し、9月初め千葉県津田沼の旧陸軍鉄道第2連隊の将兵が、一週間余り阿保の民家に分宿して、西青山―伊賀神戸間のレールを敷設した。

 同年11月10日に、待望の参宮急行電鉄(今の近鉄)が、新しい阿保駅(現在の青山町駅)まで開通した。線路は広軌の単線(駅構内は複線)で、線路側が木製で土盛りの短いホームが2つと、別に貨車の引込線とホームがあった。2両連結で濃緑色の大阪行電車が毎時各1本発着した。

 同年12月20日には、大阪(上本町)―山田(現在の伊勢市駅)間が全通し、夢にまで見た、大阪・京都・伊勢への日帰り往復が実現した。

 駅員は助役さんともに3人。車両は小豆(あずき)色のロマンスカーで、急行は通過、毎時上下各1本の三両連結の準急行(八木―中川間各停、他は急行並み)が停車した。運賃は、大阪1円54銭、上津10銭であった。

 昭和44年(1969)9月10日から大阪行区間急行が始発。同45年(1970)3月1日青山町駅と改称。同51年(1976)3月18日から各停廃止の代わりに急行が停車し、平成4年(1992)3月19日からは、朝夕最大10両連結の列車が発着し、輸送力が増強されたが、さらに拠点駅とするために、駅の北側に車庫を新設する工事が進められている。




平成7年目次
173.街道いま、むかし 国見~高尾への道 平成7年1月号
174.青山高原 田代(たしろ)の今昔 平成7年2月号
175.福川地区の産土(うぶすな)神 八柱(やはしら)神社 平成7年3月号
176.二代目の阿保駅 近鉄・青山町駅の今昔 平成7年4月号
177.広域農道「千方(ちかた)橋」の完成 平成7年5月号
178.青山高原三角点 平成7年6月号
179.六郎別当(ろくろうべっとう) 平成7年7月号
180.近鉄・青山町駅付近 遺跡の発掘調査 平成7年8月号
181.兼好法師の恋ざんげ 平成7年9月号
182.勝地林道の今昔 平成7年10月号
183.諸木の産土(うぶすな)神 鹿島様 平成7年11月号
184.幻でなかった古塁砦の跡 平成7年12月号

目次平成8年

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