絶版になった旧青山町の「あおやま風土記」を紹介します

青山高原 田代(たしろ)の今昔

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青山高原 田代(たしろ)の今昔

平成7年2月号

 快適な青山高原道路のほぼ中間点を右折すると、大丸土地の分譲地が広がる。昭和45年頃から別荘地分譲を始め現在に至っている。
 
 このあたり一帯は、古くから田代と呼ばれ、谷が広く水利もあったので、江戸時代から水田が拓けていた。北山の宝珠院の隠し田として寺男が稲作りをした歴史もある。

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 大正末期から昭和初期にかけて、石井槌熊(つちくま)という人が開拓農場を経営、その後、大阪出身の寺内俊一氏が家財を投げ出して田代一帯を買収し、農場経営のかたわら、山小屋(バンガロー)を開いたのが昭和16年頃だった。

 太平洋戦争が熾烈(しれつ)さを増し、時局の要請で、南の高台に超短波無線中継所ができ、昭和18年には海軍の兵隊が入植して、いも作りなどをした。

 戦後、高原の自然に魅せられた寺内氏が、返却された農場を観光地として売り出そうと情熱を傾けられた。近鉄を初め、県や近隣町に足を運んで熱っぽく宣伝につとめられた。白髪の老紳士が口角泡を飛ばして話された風貌は忘れられない。

 勝地の折戸氏ご夫妻が、大決断をして展望台に茶店を開かれたのが昭和26年である。

 寺内氏の青山高原に賭けられた情熱。折戸氏ご夫妻はじめ一家のご苦労などを偲ぶと、今昔の感を禁じえない。今日の整備された青山高原開発の大功労者である。

 車で楽々と登れる高原に立つと、すばらしい眺望と共に先人の遺徳が思われてならない。




平成7年目次
173.街道いま、むかし 国見~高尾への道 平成7年1月号
174.青山高原 田代(たしろ)の今昔 平成7年2月号
175.福川地区の産土(うぶすな)神 八柱(やはしら)神社 平成7年3月号
176.二代目の阿保駅 近鉄・青山町駅の今昔 平成7年4月号
177.広域農道「千方(ちかた)橋」の完成 平成7年5月号
178.青山高原三角点 平成7年6月号
179.六郎別当(ろくろうべっとう) 平成7年7月号
180.近鉄・青山町駅付近 遺跡の発掘調査 平成7年8月号
181.兼好法師の恋ざんげ 平成7年9月号
182.勝地林道の今昔 平成7年10月号
183.諸木の産土(うぶすな)神 鹿島様 平成7年11月号
184.幻でなかった古塁砦の跡 平成7年12月号

目次平成8年

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