奥鹿野で語りつがれた神穴伝説
奥鹿野で語りつがれた神穴伝説
昭和56年6月号
大昔は、鹿の群れが走り回る野原だったのだろうが、人が住みつくようになってからは、田畑の実り山の幸に恵まれ、人情も豊かな桃源郷となった奥鹿野(おくがの)。その字みごたというところに『神穴』と呼ばれている洞穴がある。
むかし昔、この穴には神鬼が棲(す)み、祭事などで賄用の道具が必要となったとき、村人がこの穴の入口に詣で「私の家では何月の何日これこれの道具がいります。どうかお貸しください。」と願をかけておくと、その指定した日の朝、膳や椀などの道具類が、必要な数だけ間違いなく、神穴の入口に揃えられていたそうである。
神穴のある奥鹿野久昌寺の裏山
鬼といえば、人間に危害を加えるのが普通なのに、ここの鬼は、人間のいうことを聞いてくれる有難い鬼で『打ち出の小槌』伝説に似たような話である。ところがある時、一人の不心得者が、借りたままで1年間返しに行かなかったため、それ以後は神鬼が怒ったのか、いくら頼んでも道具は貸してもらえなくなり、善良な村人たちは大いに困ったという。
伝説とは、その土地で昔から語りつがれた話で、発生源や真偽のほどを問い正せるものではない。しかし、全く根も葉もないことかといえばそうでもない史実が隠されていることも多い。奥鹿野の場合も、平家の落武者の里ではないかといわれるこの地区が、古(いにしえ)からの格式と団結を維持するための祭礼用具を大切に保管し、共同管理していくための知恵から生れた伝説ではなかろうか。
昭和56年目次
7.伊勢参りの僧が再建した護国山天照寺 昭和56年1月号
8.阿保親王といわれる息速別名の墓 昭和56年2月号
9.寺と桜と滝とうたわれた名所の滝仙寺 昭和56年3月号
10.万葉の桜がしのばれる阿保山の桜 昭和56年4月号
11.小川内で発見された石器の原石 昭和56年5月号
12.奥鹿野で語りつがれた神穴伝説 昭和56年6月号
13.深瀬渓谷の隠れた名滝高尾観音瀑 昭和56年7月号
14.湯神楽の笹は水難除け水神まつり 昭和56年8月号
15.天正伊賀乱の緒戦地伊勢路掛田城 昭和56年9月号
16.青山最古の開拓地か羽根塚原遺跡 昭和56年10月号
17.秋まつりの伝統行事獅子舞い 昭和56年11月号
18.天狗の難所がトンネルに伊賀の中山 昭和56年12月号